| 第3章 つくりたかったもの 無理なのかな。手帳代わりにつかえる機械。電子手帳、嫌い。携帯ツールザウルス、使えない。ニュートン、役に立たない。大体が、パソコンのダウンサイジングだけ考えている前提が間違っているのだ。 パームパイロットは、そのスタートラインの割り切り方が新鮮だった。パソコンと同じことはできない。むしろ、パソコンとのデータ同期を最優先する。カラーが当たり前の時代に、4階調グレー液晶で、バッテリーは下手したら1ヶ月ももつくらい長持ち。メモリはたったの1Mだったが、アプリケーションはすべて軽く、無駄なものがないので十分。そして何よりも、すばやい動作。これは、本当にパソコンよりはやかった。さらに言えば、手で手帳をめくるよりもすばやく操作できるのだ。 手帳代わりどころか、これは手帳だ。これはすごいぞ。 マック以来の、すた坊の確信だった。TCP/IPに標準で対応していたので、そのままネットワークに繋げた。モデムを買ったら、そのままホームページを見れて、メールまでできた。ブラウザはパームスケープというテキストオンリーのものだったが、インターフェースが素晴らしく、動作も軽快で使いやすかった。メールはトップガンというソフトで、日本語を通すために別の作業が必要だった。その後、Papiメール、POPJというソフトがでてきて、日本語でのメールも楽になった。グラフィティという、一筆書きの要領で入力していく方式も、すた坊は3時間の特訓で身につけた。ザウルスの手書き認識より、はるかに効率がよかった。 そう、日本語をそのまま書いて認識してくれるということは、確かにわかりやすいが、使いにくいのである。「僕は」なんてわざわざ書いて、「僕は」と認識される、それ以上でも、それ以下でもないのに、すごいと思ってしまう。たくさん間違えることを考えると、なんにも便利な機能じゃない。それよりも、数文字のアルファベットで、変換しながら入力したほうが、全然はやいし、確実だ。 パームパイロット、モデム、PHS。その3つを持っていれば、どこでもメールができる。PHSとはイヤホンジャック経由で接続し、PHSから「見なし音声」でダイヤルする。 とっさのメール確認は、本当に便利だった。なんなら、PHSとパームがくっついちゃえばいいのに、と思っていたら、アメリカでちょうど発売になるところだった。日本でもやればいいのに、と素直な人間なら思うだろう。でも、きっと通信業界の規制とか権益とか、そんなんだけの理由で、できないんだろうなあ。ユーザーの利益なんて、この国では、くずみたいなもんだ。実際その後、携帯電話と携帯端末の境界はどんどんなくなっていくのだが、それも通信業界の仕掛けたマネーゲームみたいなものである。 パームにはソフトだけでなく、アクセサリの類もたくさん発売されていた。真っ先にすた坊が手に入れたのは、「Wrap2」という、シンプルなケースだった。ケースというより、カバーという感じで、マジックテープで貼りつけて、パーム本体をぐるりと巻くようにする。他にも、ベルトにとめられるタイプもでていた。また、レザーケースということで、システム手帳のようにメモ帳や、名刺、カードを何枚でもさしておけるようなタイプもあったが、すた坊はシンプルなほうが好きだった。 どうも納得いかなかったのが、画面保護用のシートだった。パームの画面はガラス製なので、けっこう硬い。それでも、やはり傷が気になるので、シートを貼るのだが、このシートが高いこと。3枚入りで、4000円くらいした。すた坊は「保険」という考え方がきらいな人間だった。人を不安にさせて、その不安を糧にして商売するというのが、なんか苦手なのだ。こういった保護シートというのは、どうもそういう性格をもっているように思われるのだ。もちろん、ヘビーにグラフィティを使う人間には、これは必要なものだろう。でも、それにしても、高すぎる。その値段が、すた坊をして疑心暗鬼にからしめるのだ。すた坊はシートを使わなかった。最初は不安だったが、パームという機械の性格上、使い捨ての感覚のほうがいいのではないかと考えてから、気が楽になった。そう、フットワークの軽い機械に、わざわざ重しをつける必要はないのだ。 この頃になると、すた坊も知恵がついてきて、必要なものなのか、そうでないのか、見分ける勘みたいなものが備わってきていて、自制心もきくようになった。 おもしろそうなアイテムに、「Navigator」というものがあって、どうやら方位磁石の役割をするらしい。なんか、GPSの代わりにもなりそうな、そんなパッケージだった。 うーん、いいかも。 「危険だよ、危険だよ」すた坊の内なる心の叫びが聞こえて、購入を控えた。その半年後、すた坊はオフ会でその実物を見ることになるのだが、それは本当にただの方位磁石で、なんの役にも立ちそうも無かった。すた坊の直感は、正しかったのだ。 どうしても、もっとかっこいいスタイラスが欲しくなった。 付属のスタイラスは、プラモデルの枠みたいで、かっこ悪い。というより、レーゾンデートルさえないような、哀れな代物だった。これではいかん。爪でも操作できるのだから、それでいいじゃないか。で実際、すた坊はパームを爪で操作していた。 人と機械が接する部分なんだから、そこはもっとこだわっていいんじゃないか。 プラモデルの枠じゃあ、操作するのも恥ずかしいし、わざわざ取り出すのも手間だ。 PDAPanacheという海外のメーカーが、ちょっとおしゃれなスタイラスを出していた。色は金、銀、黒で、いかにも安っぽい鉄製で、重い。パームの解説本には、「ずっしりとした重量感がいい」と書いてあったが、すた坊には疑問だった。重いか軽いか、それはそもそも好みの問題である。多分、選択肢がなかったから、そう書かざるを得なかったのだろう。 すた坊も金色を手に入れた。製品として悪くはないが、どうも好きになれなかった。どうしてかというと、さっき挙げたように、ちょっと安っぽいつくりだったからだ。で、値段は3000円。しかも重い。すた坊は、筆記用具もパソコンも軽いほうがいいと信じていた。特に長時間、普段何気なく使う道具は、軽いにこしたことはない。もうひとつは、スタイラスにしか用途がないということだ。いつも持ち歩くパームなのだから、いつも使えるものを内蔵しなくては、もったいない。 ボールペンが欲しかった。パームはメモ代わりになるといっても、やはり紙のメモに書いておきたいこともある。相手にメモを渡したいときも、そうだ。すた坊は文房具に変なこだわりをもっていたから、自分オリジナルの文房具と考えると、わくわくするのだった。 そうなると、スタイラスをつくるのではなく、ボールペンをつくるのだ、という話になった。そうだ、自分でオリジナルのボールペンをつくればいいんだ。 すた坊は、自分のクライアントである工場のことを思いついた。その工場は、尼崎でアルミの加工をやっていて、すた坊はそのパソコン導入や、ソフトウェアの指導を担当したりしていた。オリジナルデザインのステーショナリもつくっていたから、もしかするとやってくれるかもしれない。 すた坊は企画書を書いた。企業相手ということで、パワーポイントを使った。 1、PDAというものの解説 2、日本ではザウルスが売れていること 3、こだわりのグッズが必要とされていること 4、様々なPDAの紹介 5、今後は、PDAへがブレイクするという予想 そんな感じでまとめた企画書だった。とにかく、「こだわり」が必要なことを伝えたかった。 画像はインターネットから落としたものを使った。ニフティの記事検索サービスを使って、参考記事を貼りつけた。また、メールサービスから最新の情報と意見をまとめて文章にした。思えば、「企画書作成」という作業を、すべてパソコン上で実現してしまった、けっこう記念的な作品でもあった。 この企画書を、工場の社員に手渡した。日々、彼らは「なんかおもしろい企画、ない?」と言っていたから、きっと取り上げてくれるだろう。しかし、現実はその企画書は会議にも出されることもなく、その社員の手の中で埋もれることになる。それを知ったすた坊が激怒し、めちゃくちゃに相手を罵倒することになるのは、これからしばらくしてである。 企画はだしたが、いつまで経っても返事が無かった。企画書自体が握りつぶされていたのだから、当たり前といえば、当たり前だった。 「あの企画、どうなりました?」 「ええ、まだなんとも」 夜中のラーメン屋で、野菜炒めを食べながら、すた坊は工場の人間に訪ねた。 「いいと思うんですがねえ。少なくとも、僕みたいに、細かいものにこだわる人相手なら、売れると思うんです」 「なかなか、コストの面で、あわないんですよ」 「原価ですか?」 「そう」 「僕は、インターネットで売り出そうと思っているんです。小売を通さないから、原価が少し高くても、顧客には影響がない範囲でいけるはずです」 「でも、やっぱり高くつきますよ。売れなかったら、どうするんですか? 「そんなん、やってみんとわからんでしょう」 「あと、こういうのって、意匠的なものも、からんでくるし」 「たががボールペンでしょう?」 「シャープさんなんかが、特許とってるかも」 「じゃあ、パテント料払えばいいんでしょう」 「うーん」 「何か言われたら、話し合えばいい。それはその時考えればいいじゃないですか」 やはり、企業がお金を出すほど、儲からないのだろうか。 でも、すた坊が伝えたいのは、儲けうんぬんの話ではなかった。情熱の、行き先なのだ。作りたいものをつくって、何が悪い。自分のアイディアをかたちにすることが、いけないのか。儲けや、著作権や、そんなものは、自由を束縛するだけで、なにも前に進まない。 まずは世に出したい。その思いは募るのだ。方法はある、材料もある。でも、なにかが邪魔している。計画は遅々として進まず、日々気持ちがあせり、いらいらしていく。 じゃあ、自分でお金をだせばいい。 ある晩、ひらめいた。100本くらい、つくっちゃえ。値段といえばせいぜい、何十万というくらいだろう。そして、欲しい人には売ってあげよう。そうしたら、少しは回収できるだろう。でも、100人もいるだろうか、自分と同じ気持ちの人。それは不安だった。 なあに、そしたら、一生ボールペン要らないじゃん。 すた坊は、工場に見積を出すように頼んだ。見積はきつい数字だった。1本2000円で売って、とんとんになるような概算だ。本当にこれでは、商品にするのは難しい。 「ああ、いいですよ。これでやってください」投げやりに、言った。 20万かそこら、いままでの無駄遣いに比べたら、たいしたことないや。そして、お店に卸すわけではなく、ユーザーに直販するのだから、余計なマージンは乗せなくても済むじゃないか。 工場の人間は、「お金をだしてくれるなら」ということで、話は決まった。 オリジナルのボールペンをつくるということで、製品の設計図をかいた。実際の設計図は工場の人間がひくので、すた坊は製品のイメージだけを、無制限に考えることが出来た。これはすごく楽しい作業だった。 カラフルなクレヨンが、イメージの出発点だった。買ってきたばかりの、6色クレヨン。それは、使うのが惜しいくらいに整然と並び、見ているだけで飽きない。そんなイメージ。 ボールペンの本体はアルミの削り出しで、1本1本つくる方法をとった。これだと時間と手間がかかり、単価もそう安くないのだが、ロットが少ないときは初期費用が安い。また、アルマイトという加工できるので、赤、緑、青、シルバーの4色を使えた。使える色は全部使おうと思った。好きな色を選ぶもよし、4色すべて選ぶもよし。それは、ユーザーの楽しみだ。 とりあえず、すた坊は一番好きな緑を選んで、100本つくることにした。これで、パームユーザーの反応を見ようということだった。もし評判が悪かったら、さっさとやめちゃえばいい。 そして、このボールペンの名前は、すた坊の名前からとって、「すたぼ」ということになった。 ホームページ上では、アンケートもかねて、好きな色を選んでもらえるようにもした。この時はじめて、すた坊はフォームメールなど、CGIをページに取りいれる方法を勉強した。 そして以前から、何度かメールをやり取りしていたパームファンの廣瀬に知らせた。廣瀬は、製品に関する、丁寧な返事をくれたうえに、ホームページ上で紹介もしてくれた。これがきっかけとなり、すたぼのページは1日で1000アクセスを記録した。 そして最初の100本は、1週間で完売した。 |
|
|